毎日新聞2018年4月4日 首都圏版

ぐるっと首都圏・母校をたずねる
山梨県立甲府一高/1 自由な校風、品位学ぶ 古今亭寿輔さん /東京

 ◆落語家・古今亭寿輔さん=1962年度卒(昭和37年卒)
 「母校をたずねる」は、甲府一高(甲府市)編を連載します。各界に優れた人材を輩出し続けている
山梨の名門校です。初回は、派手な着物と口ひげがトレードマークの落語家、古今亭寿輔さん
(73)=1962年度卒=です。一高時代は勉強が大の苦手だったそうですが、自由な校風の
中で「落語家に必要な『品位』を学んだ」と振り返ります。【田中理知】

 小学校高学年の時にラジオで落語を聴き、その面白さにひかれて落語家になる決意を固めました。
人見知りな性格だったので友だちや親には語らず、胸に秘めていたのです。すぐにでも落語家になり
たかったけれど、母親が勧める一高への進学を決めました。
 入学すると、みんな真面目でした。私はとにかく勉強嫌いで「突然変異」みたいな生徒だったと
思います。宿題などやらなければいけないことはこなして、授業中は目立たないようにそーっとし
ていました。成績は「下の下」でしたが、卒業後に落語家になるためのエネルギーを蓄えていたのでしょう。
 一高には5、6人で細々と活動している落語研究会もありました。でも「やるならプロで」と
決めていたので入りませんでした。週に1度、ラジオで落語を聞き、高1の夏休みに約3時間半
かけて鈍行列車で新宿に行って初めて生で寄席を見ました。その時の様子は今でも脳裏に焼き付いて
います。落語の世界に入りたいという思いが一層募りました。
 当時は50人のクラスが1学年に10クラスあり、女子生徒は全体の1割強くらいでした。女性
にはあまり興味がなかったのですが、好きな女子がいるという友人から「手紙を渡してほしい」
と頼まれたこともありました。
 ぼんやりと過ごした高校時代ですが、自由で、先生と生徒が信頼し合っている校風は忘れられ
ません。2年の時のことです。期末試験が終わって友人と甲府駅近くの喫茶店で遊んでいたところ、
テーブルに残っていた、たばこの吸い殻を見た少年補導員から喫煙を疑われ、学生手帳を取り上げ
られました。翌日、生徒指導の先生のところへ事情を説明しに行きました。先生は「分かった」と
すぐに手帳を返してくれました。「生徒を信用してくれる学校なんだ」と感動しつつ「一高生徒と
しての品格を踏み外すことはできない」とも感じました。
 卒業後は大学に行かず、23歳で落語家の世界に飛び込みました。故・古今亭今輔師匠から
「落語家は陽気で、品位がないといけない」と言葉をかけてもらいました。高校時代の経験が
あったので、合点がいきました。今でも座右の銘です。
 客の目を引こうと、お坊さんのけさや歌舞伎を参考に、衣装を派手に変えたり、社会風刺や
批判を取り入れたりして、自分にしかできない落語をやってきました。今も芸をアレンジして
楽しんでもらえるよう工夫しています。私は着物を着て座布団に座ると人が変わるタイプです。
人見知りだった自分と接していた同級生や先生は今の私を見てびっくりしているかもしれない。
それでも「品位」は忘れないでいたいものです。

自主・自立・自律を重んじる クラーク博士の影響受け
 甲府一高の創立は明治時代にまでさかのぼる。徳川幕府が甲府に設けた学問所「徽典館
(きてんかん)」の流れをくみ、県内初の旧制中学として1880年に創立された。札幌農学校
(現北海道大)で教鞭(きょうべん)を執ったクラーク博士の影響を受け、自主・自立・
自律を大切にする校風が特徴だ。
 卒業生の顔ぶれも豪華。元首相の石橋湛山(1902年卒)
▽東京タワーを設計した内藤多仲(04年卒)▽日本開発銀行初代総裁の小林中(16年卒)
▽ブックオフコーポレーション創業者の坂本孝(59年卒)▽SMBC日興証券社長の清水喜彦(74年卒)
▽漫画「セーラームーン」の作者、武内直子(85年卒)=いずれも敬称略=ら各界を代表する多様な人材が巣立っている。
 クラーク博士の教育方針は、博士の教え子で、7代目の大島正健校長が伝えた。校長室に飾られている校是
「Boys be Ambitious!(少年よ、大志を抱け)」は1947年、当時蔵相で大島校長の
教え子だった石橋がしたためた。
 堀井昭校長は「自主性を重んじる校風が受け継がれている。自分たちで問題点を見つけて解決する力を身
に着け、卒業していく。積極的に外に出て社会問題に取り組む傾向が強い」と話した。【井川諒太郎】=次回は11日に掲載

卒業生「私の思い出」募集
 山梨県立甲府一高卒業生のみなさんの「私の思い出」を募集します。300字程度で、学校生活や恩師、
友人との思い出、またその後の人生に与えた影響などをお書きください。卒業年度、氏名、年齢、職業、
住所、電話番号、あればメールアドレスを明記のうえ、〒100-8051、毎日新聞地方部首都圏版
「母校」係(住所不要)へ。メールの場合はshuto@mainichi.co.jpへ。いただいた「思い出」は、紙面や
毎日新聞ニュースサイトで紹介することがあります。新聞掲載の場合は記念品を差し上げます。

 ツイッター @mainichi_shuto
 フェイスブック 毎日新聞 首都圏版

 ■人物略歴
ここんてい・じゅすけ  古今亭寿輔
 1944年、中国・青島で生まれる。1年ほどで帰国し、高校卒業まで甲府市で過ごす。
会社員を経て、23歳で故・三遊亭円右に弟子入りし、三遊亭右詩夫として初めて高座に上がる。
83年に真打ちに昇進し、現在は東京都内在住で浅草、池袋、新宿、上野で寄席に出演している。
落語芸術協会 https://www.geikyo.com/profile/profile_detail.php?id=67



ぐるっと首都圏・母校をたずねる
山梨県立甲府一高/2 疑問と向き合った青春 島田敏男さん /東京

毎日新聞2018年4月11日 地方版

 ◆NHK解説副委員長・島田敏男さん=1976年度卒 (S52年卒)

 NHK「日曜討論」の司会でおなじみの島田敏男さん(59)=1976年度卒=は山梨県立
甲府一高時代、新聞部に所属しました。「もやもやとした社会への疑問で頭がいっぱいだった」
と振り返ります。青春時代に社会と向き合い悩んだことが、ジャーナリストの鋭い視点につな
がりました。【平林由梨】

 小学生のころ、実は漫画家になりたかったのです。「鉄人28号」の作者、横山光輝さんに
憧れていました。横山さんは作中で鋭く国家、権力、集団などを描き、子どもながらに深く印象
に残りました。そのころからでしょうか。「どうしたらみんなが納得して幸せに生きていけるのか」
と社会集団のあり方に漠然とした問いを抱くようになったのです。中学では生徒会長になりました。
でも、うまくいきません。いさかいも起こり、自分のやっていることは偽善なのかと悩んだこともありました。

 一高でも生徒会活動を続けようかと悩みましたが、新聞部の先輩に誘われたのです。「この
(高校という)集団を冷ややかに観察するにはいいかもしれない」と軽い調子で入部しました。
部室は校舎の西の端にあるプレハブの一室です。先輩たちから原稿の書き方の特訓を受けました。

 「ここ、意味が分からない。バツ!」と(ペンで)真っ赤にされて、何十回も書き直しを命じ
られました。特に一生懸命見てくれた先輩は昨年度まで母校の教頭を務め、退職された古河通也さんです。

 夏は西日がきつくて部室にはいられません。日陰のある中庭に出て、園芸部がきれいに育てた花畑
の中で原稿を書きました。粗削りのテーブルとベンチも借りました。

 部員は20人ほどで、年に4回、学校新聞を発行していました。ブランケット判の見開き4ページです。
原稿ができると紙面の割り付けをして、当時甲府に1軒だけあった新聞活字がある印刷所に持ち込みます。
そこには軍隊で生き延びた猛者がいて、「学生、原稿遅いぞ!」って怒られながら、活字拾いをやらせて
もらったのは貴重な経験になりました。

 「グラウンド拡張が実現しそうだ」というささやかなスクープ記事は校内でもちょっとした話題になり
ました。部長になり、生徒会や学園祭についての小難しい、出口のない論評も書きました。でも、読者が
求めていることは実は地に足がついた、日々の生活に結びつく話題なのです。

 とはいえ、みんなが納得するような(社会的)秩序や仕組み、文化、そういったものは生まれ得るのか
--。こうした問いに自分なりの答えを見つけようとあがいた3年間でした。当時のそんなあがきは今も
続いています。

 携帯電話についているキティちゃんのストラップは同窓会で作りました。キティちゃんが抱えているのは
「日新鐘」という甲府一高の中庭に掲げられている鐘です。「歴史と伝統に謙虚に、そこから日々新しい
ものを生み出せ」という精神の象徴です。分からないものを分かろうと、もがくことだと解釈しています。
それは苦しいことだけれど、ジャーナリストとして逃げるなよ、と言われているような気がするのです。

「一高新聞」の縮刷版が完成 1948年創刊号から242号まで一冊に

 新聞部が発行している「甲府一高新聞」の縮刷版がこのほど完成した。1948年5月の創刊号から
2015年3月の242号までが一冊にまとまっている。

 発行は年数回で、部数は約600部。学校、生徒自治会、生徒一人一人に向け、歯に衣(きぬ)着せぬ
意見を載せてきた。全校生徒が約100キロの道のりを闊歩(かっぽ)する「強行遠足」の実施要領が大
きく変更された62年には「強歩の意義を殺すな」と学校に抗議。97年3月には、生徒の傘や、購買部
のパンが無くなる「事件」を取り上げ「自分の行動に誇りや恥の意識を持て」と生徒に呼び掛けた。

 しかし、08年3月の200号を最後に部員不足のため2年間、休刊となる。現在も部員は3年生3人と
人手は不足気味だが、学校を取り巻く問題に鋭く切り込んできた「部説」は「一高新聞の伝統」として健在だ。

 部長の岩下貴史さん(17)ら3人はカメラを抱え、学校行事や生徒総会などを取材している。岩下部長は
「意見を書くため取材をした後にも、しっかり調べるようになった。この先も一高の誇りとして継承して
いきたい」と話す。

 縮刷版は同校で販売している。1冊3000円。【松本光樹】=次回は18日に掲載

 ツイッター @mainichi_shuto
 フェイスブック 毎日新聞 首都圏版

 ■人物略歴 しまだ・としお

 1959年、甲府市生まれ。中央大学法学部卒。NHK解説副委員長。専門は政治、外交、安全保障など。
1981年にNHKに入局。福島、青森両放送局を経て政治部記者に。2006年から「日曜討論」
の司会を務める。07年から「やまなし大使」。

2015年 甲府一高東京同窓会 一紅会主催第18回 春の講演会 講師 
 http://1kokai.kf1-tk.jp/kouenkai_katudo.html